相馬・双葉・いわき

2015年3月24日 (火)

白水阿弥陀堂の池でコガモが羽を休め、丸太の上をアオサギが歩く

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池で羽を休めるコガモ(2015.3.22)

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 丸太の上を歩くアオサギ

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 丸太の上で休むカメたち

いわき市内郷にある白水阿弥陀堂の池でコガモ(カモ科)が羽を休め、丸太の上をアオサギ(サギ科)が歩き、丸太の上でカメたちが休んでいました。

白水阿弥陀堂の境内で、コウバイ(バラ科)、ハクバイ(バラ科)、アセビ(ツツジ科)の花が咲き、近くでサクラ(バラ科)の花が咲いて、いずれの花もきれいで見頃を迎えていました。

P1990923_2_2コウバイとハクバイの花

P1990920_2_2アセビの花

P1990896_2サクラの花

2015年3月23日 (月)

勿来発電所裏で、カワズザクラの花がきれいに咲き、見頃

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カワズザクラの花 (2015.3.22)

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 カワズザクラの花

いわき市佐糠町にある常磐共同火力発電所㈱勿来発電所裏で、カワズザクラ(バラ科)の花がきれいに咲き、見頃を迎えていました。カワズザクラはオオシマザクラとカンヒザクラの自然交配種と推定され、1955年に静岡県河津町で偶然発見されたそうです。

ここにあるカワズザクラは2005年に常磐共同火力発電所㈱創業50周年記念事業として50本植樹されたそうです。

P1990867_2カワズザクラの花

P1990860_2カワズザクラの花

P1990849_2カワズザクラの花

2014年3月12日 (水)

松川浦でコブハクチョウが羽を休める

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松川浦大橋とカモメたち

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コブハクチョウ

相馬市小迫から松川浦を望むと、宇多川の河口付近でコブハクチョウ(カモ科)が羽を休めており、松川浦大橋の近くではカモメ(カモメ科)が沢山飛んでいました。

松川浦にある文字島は周囲の岩がなくなり少しスリムになりましたが、頂上にある松の木は震災前と変わりなく元気よく生育していました。

松川浦大橋付近では堤防や道路、建物の復旧工事が進んでいました。

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松川浦の堤防復旧工事現場

P1870521文字島

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復旧工事が進む松川大橋近辺の道路と建物

2013年5月30日 (木)

松ヶ丘公園で咲くツツジの花とオオモミジの果実

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オオムラサキツツジの花

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オオモミジの果実

いわき市平にある松ヶ丘公園でオオムラサキツツジ(ツツジ科)の花が散り始めていました。この公園は明治40年(1907)に日露戦争の戦勝記念事業として公園に整備されることが平町会で議決され、大正2年(1913)に完成しました。旧藩主安藤家の下屋敷(東京都豊島区大塚)よりツツジの古木千本を移植し、現在もツツジの名所になっています。

この公園には薄赤色のオオモミジ(カエデ科)の果実が沢山あり、近くにイロハモミジ(カエデ科)の果実がありました。

この公園には幕府老中として活躍した平藩主安藤信正の銅像、天田遇庵の旧居、松ヶ丘公園橋もありました。

(小画面の写真はクリックすると拡大画面になります)

P1780881 オオムラサキツツジの花

P1780897_2 オオモミジの果実

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イロハモミジの果実

P1780895 平藩主安藤正信の銅像

P1780906天田遇庵の旧居

P1780884 松ヶ丘公園橋

2013年5月29日 (水)

いわき市田人町で咲くカキツバタとキショウブの花

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カキツバタとキショウブの花

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水車小屋

いわき市田人町にある田人おふくろの宿の前に小さな公園があり、カキツバタ(アヤメ科)やキショウブ(アヤメ科)の花が沢山咲いていました。

この公園には水車小屋やあづま屋がありました。

(小画面の写真はクリックすると拡大画面になります)

P1780867 カキツバタの花

P1780871 キショウブの花

P1780876 水車小屋とあづま屋

2013年2月14日 (木)

いわき市三和町にあるフクジュソウ群生地の花が見頃

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フクジュソウの群生地に咲く黄色い花

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フクジュソウの花

いわき市三和町下三坂地区で、フクジュソウ(福寿草、キンポウゲ科)の花が沢山咲いて見頃を迎えていました。ここはフクジュソウの群生地としてよく知られており、畑地や住宅地の法面に黄色い花が所狭しと咲いていました。

フクジュソウ群生地の近くに三坂正一位稲荷大明神があり、この地区にはいずれも大きな立派な住宅が立ち並んでいました。

(小画面の写真はクリックすると拡大画面になります)

P1740076_3 フクジュソウの花

P1740053 三坂正一位稲荷大明神

P1740069 大きな庭園と立派な住宅

2012年11月22日 (木)

南相馬市鹿島区の津波被災現地を訪ねる

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破壊された防波堤と原町火力発電所の岸壁に係留されている船舶(2012.11.20)

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真野川の真島橋付近から県道74号線の南海老地区方面を望む

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津波で2階部分まで破壊された家屋

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真野川河口付近に積み上げられた瓦礫の山(奥の煙突は原町火力発電所)

南相馬市鹿島区の太平洋沿岸から500m程度離れいる県道74号線から原町火力発電所方面を望むと港に大きな船舶が係留されており、その手前の堤防が3.11東日本沖大地震の津波で大きく破壊されて無くなっていました。

真野川の真島橋から南海老地区方面を望むと道路の両側に家屋が無く、広大な大地が広がっていました。この地区に2階部分まで破壊された家屋が1軒残っていました。

真野川河口付近には大量の瓦礫が堆積されていました。

北海老地区では県道74号線の災害復旧工事が行われていました。

常磐自動車道は南相馬ICと相馬ICの間が完成しており、無料で通行することが出来ました。

(小画面の写真はクリックすると拡大画面になります)

P1710980_2 津波が乗り越え破損した堤防(奥に見える煙突は原町火力発電所)

P1720007堤防の左半分の部分が破壊され無くなり太平洋が見える

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積み上げられた 瓦礫の山

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P1710971 津波で破損した道路の復旧工事現場

P1710972 津波で破損した道路の復旧工事現場

P1720051 常磐自動車道の南相馬インターチェンジ

2012年8月22日 (水)

相馬市大浜海水浴場近くの家屋は全て流失

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大浜海水浴場脇の高台で津波の被害を免れた家屋

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大浜海水浴場(右)近辺の家屋は全て流失

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元気に生育している文字島の松

相馬市磯辺にある大浜海水浴場の近辺では高台にある家屋は津波の被害を免れていましたが、海岸近くの家屋は土台のコンクリート枠があるだけで全て流されており、、家屋を一軒も見ることが出来ませんでした。

相馬市岩子の松川浦にある文字島の松は元気に生育していました。この島の近くにある小島の松も元気に生育しており、近くをボートが進んでいました。文字島の岩場にはカモメ(カモメ科)がとまっていました。

(小画面の写真はクリックすると拡大画面になります)

P1670578_2 大浜海水浴場があった海岸

P1670579 大浜海水浴場があった海岸脇の家屋が流失して残ったコンクリートの土台

P1670577 津波の被害を免れた家屋ある高台の下の海岸

P1670584_3 松川浦の文字島の隣にある小島

P1670590 小島の脇を進むボート

P1670588 文字島の岩場にとまっているカモメ

2012年8月18日 (土)

松川浦大橋近くにある3・11東日本大震災の津波で破壊された建物

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3.11大震災の津波で破壊された建物(左奥の橋は松川浦大橋)

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3.11大震災の津波で破壊された建物(右奥の橋は松川浦大橋)

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破壊された 相双魚協相馬原釜支所の建物

相馬市尾浜にある松川浦大橋の近くに、3・11東日本大震災の津波で破壊された建物がそのままの状態でありました。2階部分は残っていますが、1階部分は柱を残すだけで全てが破壊され持ち去られていました。

松川浦漁港にある相双魚協相馬原釜支所の建物は津波で破壊されており、コンクリートの枠組みを残すだけで、1階と2階の全ての壁や窓枠などが破壊され持ち去られていました。近くにがれきが堆積されていました。

原釜・尾浜海水浴場近くにあった建物は3・11東日本大震災の津波で全て破壊され持ち去られて、コンクリートの基礎部分だけが残る跡地には草が生えていました。津波で傾いていた海水浴場の白いトイレは傾いた部分が撤去さて?、正常な姿になっていました。

(小画面の写真はクリックすると拡大画面になります)

P1670599津波で破壊された建物と堆積されたがれきがある松川浦漁港の一角 P1670604 

松川浦漁港にあるがれき置き場P1670607 

笠岩公園の脇から原釜・尾浜海水浴場方面を望む(白い建物は海水浴場のトイレ

2012年8月17日 (金)

JR常磐線の元新地町駅近くで、踏切のレールだけが残る

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元新地町駅近くの常磐線踏切とレールが無くなった線路(相馬方面)

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新地町埒浜で津波に流されないで残った松の木が枯れる

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3・11東日本大震災で発生したがれきを堆積した山

福島県新地町にあったJR常磐線のレールと新地町駅の建屋や列車が3・11東日本大震災の津波で流されて、残骸が撤去され、踏み切りのレールだけ残されていました。

このJR常磐線は駒ケ嶺駅(福島県新地町)と浜吉田駅(宮城県亘理町)の間が現行より内陸に1km移設して建設することが決まっています。

新地町駅には地震発生時に列車が到着していましたが、乗客が直ぐに下車して、津波が襲ってくる前に新地町役場に逃げて、危機一髪のところで全員助かったとのニュースが当時テレビで放映されていました。

近くの埒浜地区は津波で全ての建物が流失しており、流されないで残っている松の木が赤茶色になり、枯れているようでした。

元新地町駅近くの土地には3・11東日本大震災で発生したがれきが運び込まれて、大きながれきの山が沢山作られていました。

(小画面の写真はクリックすると拡大画面になります)

P1670617元新地町駅近くの常磐線踏切とレールが無くなった線路(仙台方面)

P1670612 津波で全ての建屋が流された埒浜地区

P1670622_2元新地町駅近くにあるがれき置き場

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