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2011年12月27日 (火)

伊達家発祥の地・高子岡城跡(高子館跡)を訪ねる

P1560180_2(2011.12.19)

伊達市保原町上保原にある伊達家発祥の地・高子岡城跡(高子館跡)を訪ねました。

ここは伊達家の始祖伊達朝宗(中村入道念西)の居城跡で、頂上から伊達平野が一望できます。念西は1189年(文治5年)の奥州合戦に参加し、源頼朝方として厚樫山の合戦などで戦功をあげて、伊達郡を賜り、この高子岡に城を築いて移住し、中村の姓を伊達に改めました。

この城址には八幡宮が有りますが、ここに城を築いた時に、鎌倉の鶴岡八幡宮を勧請したもので、亀岡八幡宮とも呼ばれています。この宮の脇に小さな社があり、可愛い狐がいました。

この城址の頂上は福島市飯坂方面から桑折町、国見町方面まで一望出来る素晴らしい所なので、高子村の風光明美な景勝地・高子二十鏡に選ばれて、丹露盤といわれています。

この城址の近くに風光明美な高子沼が有りました。

(小画面の写真はクリックすると拡大画面になります)

P1560186_2八幡宮前の階段

P1560187_2八幡宮の拝殿

P1560190小さな社と可愛い狐

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P1560191丹露盤

P1560199_2丹露盤の岩.

P1560193_3丹露盤から福島市飯坂方面を望む

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P1560194丹露盤から桑折町半田山方面を望む

P1560195丹露盤から国見町方面を望む

P1560177高子沼


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