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2011年12月23日 (金)

東日本大震災の津波で被災した原釜浜尾海水浴場周辺

P1560346(2011.12.20)

相馬市原釜にある笠岩公園脇から松川浦大橋方面を望む。山の左に松川浦大橋、その左奥に鵜の尾崎灯台、その左手前に原釜浜尾海水浴場の施設、その左奥に相双魚協原釜支所の建物がありました。原釜浜尾海水浴場周辺の建物は全て東日本大震災(東北地方太平洋沖大地震)の津波で流失し、土台のコンクリートのみが残っていました。

P1560349_3.(2011.12.20)

小高い山の手前に見える斜めに傾いた青い屋根の建物が原釜尾浜海水浴場海の家(トイレ)で、この海の家一帯の建物は全て津波で流失しており、土台のコンクリーのみが見えていました。電線は復旧しており、瓦礫は取り除かれていましたが、ひどい状態になっており、心が痛みました。山の斜面に建った家屋は流失を免れていました。

笠岩公園脇から相馬港の奥に見える相馬共同火力発電所を望むと煙突から白い煙が出ていました。

(小画面の写真はクリックすると拡大画面になります)

P1560345_3原釜尾浜海水浴場の周辺

P1560348傾いた青い屋根の原釜尾浜海水浴場海の家

P1560348_2原釜尾浜海水浴場海の家

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P1560347流失を免れた家屋(奥)と流失した家屋の土台(手前)

P1560343流失した家屋の土台

P1560344_2笠岩公園脇から相馬共同火力発電所を望む

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