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2011年9月16日 (金)

宝積寺にある伊達晴宗の墓

P1510238(2011.9.12)

福島市舟場町にある宝積寺に伊達政宗の祖父、伊達晴宗の墓が有りました。伊達晴宗は陽林寺を開山した伊達稙宗の長男(1919年生まれ)、大森城主伊達実元の兄で、従四位下、左京大夫、室町幕府・奥州探題に任ぜられていました。1564年に二男・輝宗に家督を譲り、1570年に杉目城に隠居し、晩年ここで一門や家来を招いて宴会を行い、その席で孫の梵天丸が和歌を披露したそうです。1578年に杉目城で死去。

この墓の近くでシモツケ(バラ科)やサルスベリ(ミソハギ科)の花が咲いていました。

隣の長楽寺には瓜生岩子の像が有りました。岩子は1829年に会津・喜多方で生まれ、戊辰戦争や日清戦争で傷兵窮民の看護救助を行い、幼学校を設立して孤児を収容して教育を行い、婦人の授産指導を行うなど社会福祉事業に力を注ぎました。

街を歩いているとき、トケイソウ(トケイソウ科)の花、トケイソウの果実、モッコク(ツバキ科)の果実を見ることが出来ました。

(小画面の写真はクリックすると拡大画面になります)

P1510239宝積寺に咲くシモツケの花

P1510240_2宝積寺に咲くサルスベリの花

P1510251長楽寺にある瓜生岩子の像

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P1510249_3トケイソウの花

P1510246トケイソウの果実

P1510206モッコクの果実

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