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2010年3月 7日 (日)

宮代の大カヤと備中足守藩分領瀬上陣屋の最上稲荷

P1150267

福島市宮代にある備中足守藩分領瀬上陣屋跡に「宮代の大カヤ」がありました。このカヤ(イチイ科)は市指定天然記念物で、根周り8.8m、目通り回4.63m、樹高21.2m、樹齢300~350年(1972年)と記されています。

豊臣秀吉の正室杉原寧子(ねね、高台院)の実兄木下家定藩祖とする備中足守藩(岡山市足守町周辺40カ村を領地として支配する二万五千石の外様大名)が1800年に幕府より、信夫・伊達両郡内25カ村二万余石に村替を命ぜられ、その分領支配の陣屋をここ宮代村に設置し、備中足守村近くの最上稲荷大社から稲荷社を勧請して、陣屋鎮守として祀りました。以後70年間この地を支配して、1870年(明治3年)、分領は県に渡され解体したが、鎮守の最上稲荷は斉藤家譲与され、今も祀られています。

私は小学生の頃から岡山を離れるまで、備中高松(岡山市北区)にある最上稲荷大社に毎年初詣にお参りしていたので、最上稲荷がここ福島の地にあることに、何かのご縁を感じ懐かしく思いました。

P1040597 足守藩瀬上陣屋跡の石碑

(2009.5.7撮影)

P1040598瀬上陣屋表門柱の土台石

P1150264瀬上陣屋の最上稲荷

(2010.3.2撮影)

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